この記事で書くのは、会社を辞めてから次の転職までの約1年半

前の会社を辞めた直後から、次の会社に転職するまで。この期間は約1年半続いた。

会社員としての給料が入っていた期間ではない。この記事では、その約1年半のあいだ何で暮らしていたか、いつ限界を感じたか、その実際を書く。

収入源は、知人からの仕事と動画関連の広告収入

この約1年半の収入源は2つだった。ひとつは知人から受けていた仕事。もうひとつは、動画関連の広告収入。

会社からの給料は無い。月によって金額が変わる、不安定な収入だった。

項目 内容
期間の長さ 約1年半
いつから 前の会社を辞めた直後から
収入源 知人からの仕事+動画関連の広告収入
広告収入の幅 最高で月9万円、最低で月2万円
生活費が足りないと気づいた時期 13ヶ月目くらい

広告収入は、最高で月9万円、最低で月2万円だった

動画関連の広告収入は、月によって大きく振れた。一番多い月で9万円。一番少ない月で2万円。

「副業で月◯万円」という数字は、どの月を切り取るかで見え方が大きく変わる。最高と最低の差が7万円あった、という振れ幅そのものが、この収入源の実際の姿だった。

生活費が足りないと気づいたのは13ヶ月目くらい

約1年半のうち、生活費が足りないと自覚したのは13ヶ月目くらいだった。辞めた直後でも、半年経った頃でもない。1年を超えてから、ようやく足りなさに気づいている。

これは「早い段階で危機感を持てなかった」という反省としてではなく、単純にそういう時間の順番だった、という記録として書いておく。

「もう無理だ」は、ある日突然来たわけではなかった

限界を感じたきっかけは、単発の出来事ではない。じわじわと、少しずつ限界に近づいていったという。

「これがあったから辞めどきだと分かった」という決定的な瞬間は無かった。気づいたら限界だった、という順番に近い。

家族にも友人にも、この期間のことは話していなかった

この約1年半のことは、家族にも友人にも隠していた。

堪えた一言や、恥ずかしかった出来事について聞いても、特にこれといって思い当たることは無いという答えだった。無理に苦労話を作らず、そのまま記録として書いておく。

なお、この期間のあとに動いた転職活動の面接では、空白期間について取り繕わずに話す姿勢で臨んでいる。「あまり覚えていないけど……全部話したほうが楽」というのが本人の言葉だった。面接でのやり取りの詳しい経緯は、転職活動そのものを扱う別の記事で書く。

この記事について

この記事は、一人の体験談です。同じ結果になることを約束するものではありません。広告収入の金額や期間の長さは、この体験をした本人の記録であり、副業収入の一般的な相場を示すものではありません。特定の会社やサービスを勧める内容も含みません。

書いている人

こはる

30代前半。いまは営業事務の仕事をしながら、これまでの転職と、その間の空白の時期のことを書いている。

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